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「物事を深く知るにはその物事の内と外をよく観察してみなさい、そうすればより深い知見を得られるだろうから。」
どこの偉人の名言だと思うだろうか。
この言葉はどこかの本から引用してきたものではなく、僕が中学生の頃の理科の先生から貰った言葉だ。
科学には内的関係と外的関係というものがある、それぞれ物事を説明したり理解したりする際には不可欠なものだ。
内的関係とは物事の内部、つまりその構成要素や、包括的な物理現象などの諸要素の関係を指す。外的関係は、物事の類似の中での関係、またはそれよりさらに高次なものとの関係を指す。
もっと分かりやすく説明すると、例えば、ある物事の出発点を私たち自身に設定するとしよう。
内的関係とは、内の関係を指す、つまり、その観察対象は内へ内へと向かっていく。
まず、私たちはいくつかの臓器や皮膚や骨や血液から成っている。それぞれが私たちの体を構成する要素であり、不可欠なものだ。
さらに内へと向かっていこう。骨は主にリン酸カルシウムなどが集合した組織だ。その他にはコラーゲンなどのたんぱく質、これらが無機質と有機質に分かれて骨を構成している。
さらに内へ進むと、今度は細胞レベルの話になる。
人間の体にどれだけの細胞があるかご存知だろうか?
現在の研究では、約37,000,000,000,000(37兆)個もの細胞が、私たちの体を構成していると言われている。さらに人体には約40,000,000,000,000(40兆)の細菌が住んでいることが明らかになっている、腸内細菌だけで約1.5~2kgの重さがあり、その数にぞっとする。
おびただしい数の細胞が、日々私たちの体を作って、成り立たせている、日々の仕事も、休みの日のアウトドアも、全て細胞のおかげだ。
では、その細胞は何から出来ているだろう。
核、ミトコンドリア、葉緑体・・・これまたいろいろなものが集まり、細胞を構成している。そしてそういった構成要素も、水やたんぱく質や炭水化物で出来ている。
さらに細かくしていく。水とは何か、たんぱく質とは何か、炭水化物とは何か。
これらは言うなれば化合物であり、何段階かの分解を経て、分子、原子レベルにまで分けられる。
ここで、あれが登場する。
周期表。
化学の授業で嫌と言うほど顔を合わせるこの周期表。必死で語呂合わせを覚えた人は数知れず、トラウマになったという人も多いのではないだろうか。
物質の構成要素である元素が規則正しく並んでいる。現在、地球上にあるもの全て、細胞とか、机とか、PCとか、空気とか、そういったものたちは、元をたどっていけば全て、この周期表にたどり着く。僕は中学生のとき、そのことに凄く感動した。初めて周期表を見たとき、世界はすべてこの表からできているんだとは到底思えなかった。そういう、ある種のロマンも、理科の先生が教えてくれた。
これが、いわゆる内的関係である。内へ内へと向かって、より細かい世界を観察する、そうしてその物事に関する知識をより深めていく。
次は外的関係だ、これは逆に、外へ外へと観察を広げていく。
これも出発点を自分自身に設定してみよう。まず、今、あなたがいるとする。
あなたの国籍は(恐らく)日本人であり、名前ももっているし、社会の中での自分の居場所、家族や会社や学校もあるはずだ。
では、ここから外へと向かっていこう。まずは社会を飛び出して、人類というカテゴリにたどり着く。
世界にはコーカソイド(白人)、ネグロイド(黒人)、モンゴロイド(黄色人)、そのほかにもオーストラロイドなどさまざまな人種がいる。ほとんど日本人はモンゴロイドだろう。
現在では人種間で差異を深く語るのは人種差別に繋がりかねないので、ここはあまり深く掘らずにさらに外へと向かう。
次に私自身が括られるとすれば、「ヒト」としてだろう。
ヒト、というのはヒト科に属する。ヒト科はヒト亜科(ヒト属、チンパンジー属、ゴリラ属を含む)とオラウータン亜科で構成されている。そしてより外へ向かうと、霊長類といった分類、それより外へ向かうと哺乳類に分類される。
さて、ここでもう一度視点を私自身に向けると、私は哺乳類の中の、霊長類の中の、ヒト科の中の、ヒト属の社会の中で生きる一個体ということになる。こうして見ると、人間も他の動物と大した違いはないことに気づく。しかも超サルに近い。猿の惑星を観て喜んでいる場合ではない。
もう一段外へ向かうと、今度は生物という枠組みに括られる。しかし、ここは定義が難しい上に面倒なので、ウィキペディア先生の力を借りるとしよう。
生物を定義するのは難しい。普通の言葉では、生物とは生きているものであり、生きているとは生命があることであり、といった、言い換えしかできないからである。現在、我々が生き物と見做して知り得ているものが、生き物全てである保証はない。
生物が無生物から区別される特徴としては、自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性(ホメオスタシス)維持能力、自己と外界との明確な隔離などが挙げられる。しかし、この区分は例えば、ウイルスやウイロイドのような、明らかに生物との関連性があるがこれらの特徴をすべて満たさない存在(対象)までを区分することが出来ない。このことから言っても、生物と無生物を完全に区分することは困難なことである。
(ウィキペディアより)
さて、現在、この「生命」というやつは、どうやら地球以外では見つかっていないらしい。すると、次に外へ向かうべきは、やはり男のロマン、宇宙だろう。必然的に地球という括りに入ることになる
地球とは、太陽の周りを公転する天体だ。太陽の周りを公転するのは地球だけではなく、水星、金星、火星、木星、土星、天王星など、さまざまな天体が回っている。これらの中心である太陽と、その周りを回る天体、及びその領域をまとめて、太陽系と言う。
では、一番外側、終点は太陽系だろうか?
安心して欲しい、そんなはずはない。
太陽系もどこかに所属している。次に高次の纏まりは、銀河系だ。
太陽系が所属している銀河系は「天の川銀河(Milky Way Galaxy)」、銀河とは惑星系の中心である恒星や星間ガス、宇宙塵などが入り混じった領域、集まりで、天の川銀河は大体1000億ほどの恒星を有している、言ってみれば太陽系1000億個だ、どこかに宇宙人がいてもおかしくないだろう、むしろこれでいないほうがおかしい。
しかし宇宙はまだまだこんなところで終わらない。銀河系というのは、銀河団、または銀河群というものに所属している。銀河団というのは銀河系どうしが互いの重力に引っ張られて集まっている、銀河の集合体だ。
一個の銀河団が内包する銀河の数は大体数百から一万、これまたとんでもない量である、ここまでくると、私たちの母なる地球も単なる宇宙の塵のようにしか見えない。
でも、ここで止まらねぇのが宇宙の凄さ。この銀河団が集まったものが存在します。
その名も、超銀河団。なんかどっかの悪者組織みたいですね。超銀河団は銀河団の集まりで、その大きさはなんと1億光年以上!!!もはやわけが分からない。
ここからさらに外へ向かうと宇宙フィラメント、宇宙の大規模構造、そして最終的には「観測可能な宇宙」という、意味不明な枠組みにたどり着くことになるが、現在の人類の知識ではこれより外へは出られないようになっている。だが、もし多次元宇宙論が本当だとすれば、もはや宇宙を越えたレベルの枠組みまでたどり着くことができる。
ここまでくると、もはや「自分」という最初のポジションまで戻ってくるのが困難になる。私というのは、この次元の観測可能な宇宙の中の、宇宙の大規模構造の中の・・・という風に、もはや関係の糸が切れそうになるくらいまで遠くに来ている状態だ。でも、これって、すごくロマンのあることじゃないだろうか。私というちっぽけな存在が、この宇宙の大規模構造というものと少しながらでも関係性を持っているのだ。ここに、宇宙的宗教感覚や仏教思想などが生まれたのだろう。
宇宙の全体図
と、このように、物事の内的関係と外的関係を知れば、より深い知識や感動を得られる。そういうロマンティックなことを、中学生のときに教えてもらった。
人柄の良いおじいちゃんの先生だったが、理科室に行くと必ず面白い話をしてくれたり、実験を見せてくれたり、本を貸してくれたり、生徒の知的好奇心を伸ばすことに尽力していた方だった。だから、中学の時はすきな教科はぶっちぎりで理科だったし、ほぼ毎日、理科室に遊びに行っていた。
良い先生とは、この知的好奇心をのばすというのが非常に上手いと思う。高校のときの社会科の先生も、よく面白い話をしてくれたし、ビデオ教材をたくさんつかってディベートの方法などを教えてくれた。こういう先生に出会えて、我ながら幸せだったと思う。
勉強嫌いにならなかったことに感謝してます。